プロット交換企画

  小さな店内の席は殆ど埋まっており、あちらこちらから楽しげな話し声が聞こえてくる。
「ねえ、聞いてる?」
大きな窓から差し込む陽の光が少女の赤い髪を柔らかく照らしだす。両サイドの高い位置で結わえた髪がふわりと揺れる。
「聞いてるよ!えっと店の前にいた三毛猫が可愛かったって話だよね」
「…やっぱり聞いてない。それは一つ前の話だよ」
少女はセピア色の瞳を何度か瞬かせてぷくりと頬を膨らませた。
「ご、ごめんリチェ。その、ちょっと、」
見惚れてました、なんて言えるはずもなく、かと言ってすぐにうまい言い訳が出てくるほど器用でもないことは自覚している。
「ふふっ。もう良いよ」
あたふたと慌てている様子がよほど面白かったのか、リチェは破顔すると軽やかに立ち上がる。
「そろそろ戻らなきゃ。お話楽しかった。ありがとキト君」
またね、と手を振る彼女に勢い良く立ち上がり、手を振り返す。あぁやっぱりリチェは可愛い。ころころ変わる表情も、落ち込んでいる時にも元気をくれる明るい声も、ふわりと揺れる赤い髪も、こちらを真っ直ぐに見つめてくるセピア色の瞳も全てがキトを魅了して止まない。後ろ姿の消えた扉を見つめながら椅子に座ろうとして
「うわっ」
転んだ。そういえばさっき後ろからガタンとかバタンとか言うような音が聞こえた気がする、とか頭の何処かで冷静な自分がささやく。容赦なく突き刺さる視線が痛い。そして恥ずかしい。
「何やってるんだ」
降ってきた声に視線をあげればできれば会いたくない顔。眉間に皺が寄るのが自分でも判る。
「別に。関係ないだろ。ほっとけよ」
  トリス。リチェと行動を共にしている男。内容はともかくとして彼女の口からよくその名前が上がる。そのたびに胸が締め付けられる思いをしていることをリチェは知らない。立ち上がっても二十センチ近い身長差に自然と顔を見上げる形になるのが悔しい。端正な顔立ち。無口で人を寄せ付けない雰囲気もきっと女性からは支持を受けるのだろう。店内の女性たちにも浮足立つようなざわめきが広がる。光を受けて輝く緑色の瞳は綺麗だが、リチェとは違い、そこにこの男の感情は写り込まない。キトは何を考えているのか分からないこの男が苦手で、嫌いだ。
「いっ…」
気付かずに握りしめていたらしい。爪が掌に刺さって薄く赤色が滲んでいる。情けない。舌打ちしたくなる気持ちを抑えて倒れた椅子に手をかけて起こそうとする。
「あいつのどこがいいんだ?」
  ガタンッ
「なっ、どっ、おまっ」
なんでそんな発言が出てくるのか、どうして僕がリチェのことが好きなのがバレているのか、お前には関係ないだろう。言いたいことは沢山あるけれど、どれもまともな言葉にならない。
「お前に答える必要はない。どうせ、リザルトに用事だろ。探してくるから待ってろ」
返事も訊かずに飛び出す。顔が熱い。きっと、からかわれているんだ。
「くそっ…」
リチェの笑顔が浮かぶ。いつもは癒やされるはずのその笑顔が、今は堪らなく胸を締め付けた。

  少年の後ろ姿が廊下に消える。慌ただしいやつだ。
「もしかして、私を探しに行ってしまいましたか?」
「リザルト…」
わざわざ探しに行かなくても、ここにいるんですけどね。とにこやかに呟く男。黄土色の髪は陽の光を受けて金色に輝いている。女性的な顔立ちと、丁寧な物言いで微笑む姿は一般的には柔らか印象を与えるものなのだろう。だが、この男に限ってはそれはない。むしろその笑顔からは底知れぬ恐怖すら感じるだろう。その道で知らぬものはいないほどの情報屋。まだ若いが、その腕は誰もが保証する男。
「いつからいたんだ」
「そうですねぇ、リチェが帰る辺りからでしょうか」
初めからじゃないか、とか突っ込んでもいいが、それすらもこの男相手では面倒臭い。
「やー、なんか面白いことになってたのでずっと見てました」
悪びれずに言うリザルトに、あぁ、キトがか、と返すと貴方がですよと返される。
「は?俺が、面白い?」
「えぇ、ずっと無感情で他人に興味を持たなかった貴方が、周りに興味を持ち始めている」
それが、面白いんですよ――
  意味がわからない。そう思った。自分で倒しておきながらその椅子に座ろうとして転んだ少年に何をしているのか、と声をかけたことに特に意味は無い。ただ、リザルトを探していた。リザルトの居場所を知っていそうな少年がそこにいた。だから声をかけただけ。
「では、何故あんなことを訊いたのですか」
心を読んだように質問される。深い海の底を連想させる蒼が意味ありげにこちらを見つめる。何故、と訊かれてもそれがなんのことなのかが分からない。無言で見返せば、男は、わからないなら、いいんですけどね、と肩をすくめた。

『無感情で他人に興味を持たなかった貴方が、周りに興味を持ち始めている』
  宿に向かって歩く道すがら、リザルトの言葉がふと甦る。何を馬鹿なことを、と思う。昔も今も、誰にも興味など持ったつもりはない。他人など、どうでもいい。
『あいつのどこがいいんだ?』
俺がキトに訊いた言葉だ。あの少年はリチェのことが『好き』なのだろう。リチェの言葉や仕草に一喜一憂し、頬を上記させている姿を見れば誰だって判る。だが、リチェの何にそんなにも惹かれているのだろうか。そもそも、『好き』とは何なのか。いや、そんなこと、どうでもいい。
『では、何故あんなことを訊いたのですか』
何故?あの質問に何か意図があったというのなら、俺が教えて欲しいくらいだ。
「おかえり!」
  宿の戸を開けると無駄に明るい声と笑顔に出迎えられる。セピア色の瞳が真っ直ぐにこちらを見つめる。その瞳に挑むようにこちらを睨んできた少年の茶色の瞳が重なる。そう、あの時も重なったのだ。表情こそ違ったが、真っ直ぐな目がリチェと同じだと。
「トリス?何?私の顔、何かついてる?」 顔のあちこちを触って確認しながら、首を傾げる。こいつとは一年ほど一緒にいるが、未だによくわからない。ころころとよく変わる表情は面白いと思う。だが、それだけだ。それだけのはずなのに、何故こんなにも、もやもやとするのだろうか。
「トーリースー?ちょっと、ねえ」
目の前でひらひらと振られる手を掴む。キトにあんな質問をすることになったのも、リザルトに訳の分からないことを訊かれたのも、今まさにモヤモヤとしているのも、元はといえば、こいつのせいだ。反対の手で思いっきり髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜる。リチェから抗議の声が上がった気がするが無視して部屋の奥に入る。
「何?なんなの!?」
後ろから怒っているような、戸惑っているような声が聞こえるが、別に、と返す。当分の間、何が起こったのかと戸惑うであろうリチェの姿が思い浮かんで少し満足する。リザルトの言ったことはよくわからないが、少なくとも、以前はなかった感情が俺の中に芽生え始めている気がした。


久樹さんとプロット交換しました。お互いのプロットからSSを起こそうっていう企画なんですが、我が子達と違ってすごく素直に動いてくれるので楽しく描かせていただきました。もう一つプロットは頂いているのでもう一個書くのも楽しみです^^