プロット交換企画 2

  静かだ。普段ならば仕事に出ているはずの真昼にも関わらず自室で寝ていることが落ち着かない。部屋には生活に必要な物しか置いておらず、殺風景だと仲間にはよく言われるが成程、確かに無機質で余り温度を感じない。気にしたことなどなかったが、久々にひいた風邪は体調だけでなく気分にも影響を及ぼすらしい。喉の渇きと取りに行く億劫さを秤にかけてもう一眠りすることを選ぶ。
  うとうととし始めた頃、微かな風を感じた。窓を開け放しにしていただろうか、と
「う~さ~ちゃ~ん!」
腹の辺りに衝撃とぼすん、という布団が沈み込む音が響く。
「コウキ…てっめぇ…なにしやがる…」
「え、うさちゃんが寝込んでるって聞いたので、からかいに来ました」
腹の上でこれ以上ないほどの笑顔を見せる男を睨む。彼が笑う度にその性格を表すような明るい茶髪が揺れる。鴬色の瞳はイタズラが成功した子供のように輝いており、男性にしては小さい体格と言い子供のような印象をうける。実際、初めて会った時は子供だと思ったがこれでも19歳だという。もう少し落ち着きを持つことは出来ないのだろうか。
「せいこーう!」
いえーい、と隣に佇む少女と手を叩き合うと漸く降りたコウキに恨めしげな視線を向けたが一向に気にする様子もない。新芽のようなやわらかな緑色の髪を後ろで束ねた少女はおっとりとコウキに話しかける。
「ばれないかヒヤヒヤしたね」
「いやいや、作業員さんの安全を守るために行った仕事の途中で、自分が川に落ちるようなマヌケなうさちゃんにばれるわけないじゃーん」
「川を泳いだって、そういうことだったの。てっきり寒中水泳でもしていたのかと」
「やっすー、それどこで仕入れた情報なの」
「ゼルさんが『エンは寒中水泳で風邪引いたから今日はお休み』って言ってたよ。そういえば熱、大丈夫ですか?」
今更訊くのか。そもそも相手が病人であるということを知っていての行動なのかこれは。ゼルの適当すぎる勤怠連絡やヤスハたちの行動に呆れると同時に彼らの五月蝿さに思わず顔を顰めた。益々酷くなる頭痛に頭を押さえる。これは風邪だけのせいではないだろう。一言文句を言おうと口を開きかけて、二人の後ろにもう一人、いつもなら一番よく喋る少女が所在なさげに佇んでいるのに気付く。両サイドの高い辺りで長いピンク色の髪を結んだマナはいつも明るく元気、といえば聞こえはいいが元気すぎるほどで、コウキやヤスハと共に面倒事を起こすことも多い。おそらくコウキたちと共に部屋に入ってきたのだろうが、少なくとも数分は黙って佇んでいたことになる。普段と異なる様子によくよく観察すれば今にも泣き出しそうな瞳とぶつかった。
「っごめんね、エン。マナのせいで…」

昨日はこの冬一番の寒さだったらしい。朝一で呼び出されたエン、ピノ、ミハルは戦闘班にも関わらず、何故か橋の修繕作業の手伝いという平和な任務を渡された。とはいえ、橋の修繕など素人が出来るはずもなく、いったいどういうことかと訊いたがゼルと何か有ったのか機嫌の悪いジェイルは詳細は現場で聞いてくれの一点張りで、仕方なく皆で首を傾げて現場に向かった。よくよく聞けばどうやら男手が足りなく、重い資材運びや現場の安全確認を手伝って欲しいということだった。
「なーんか最近さ、おれたち、暇な便利屋かなんかと勘違いされてないか」
「いいじゃないですかピノ。平和なのは何よりですよ」
褐色の肌に銀髪紅眼というただでさえ目立つ容姿の上に左頬に特徴的な刺青を入れた少年がぼやくと涼やかな色の青年が応じた。
「ミハルはそう言うけどさ、おれら一応『世界の平和を守る』ためも組織の一員なんだけど」
「市民の生活圏内にある橋を無事に修繕することは彼らの世界を守ることになるんですよ。つまりは世界の平和を守っていることに繋がるじゃないですか」
「そういうもん?」
二人はコンビを組むことが多いらしいが、資材を運びながら交わされる会話をきいているとミハルがピノのお守りをしているように見えた。微笑ましい光景に口元が緩んでいたらしく、何笑っているんだ、とピノが口を尖らせた。
「でもさ、マナはこの辺りで起きた強盗事件の容疑者追ってるんだろ」
おれもそっちが良かったと少年が続けると、
「そちらはもう終わったようですよ」
「早!」
「よかったですね張り合いのない強盗相手の弱い者いじめをしなくてすみましたよ」
「うん、なんか言い方が酷い」
他愛のない会話の間にも作業は淀みなく進み、資材はほとんど運び終わり、手持ち無沙汰になっていた頃だった。ふと、欄干の一部が気になって近寄る。軽く触れると僅かに動いた。視線を落とせば根元の塗装が剥げ、元の木が腐りかけているのが見えた。「現場の安全確認」の中にはこういう危険を察知することも入っているのだろう。そう思って作業場の責任者に声をかけようとしたその時だった。
「エ~ン~!」
「うわっ」
突然後ろから抱きつかれ、バランスを崩し目の前の欄干に手をかけた。しまった、そう思った時には時既に遅し。腐りかけていたそれが二人分の体重を支えられるわけもなく、あっけなく川の方へと折れる。一人ならば何とかなったかもしれない。だが、二人分の勢いはそのままにエンを川へと押しやった。落ちる。いくつかの選択肢が浮かぶ。突然の出来事に眼を丸くしているピノに手を伸ばしかけて即座に無理だと判断する。あの様子では一緒に落ちることになりかねない。片足を軸に回転しながら背の重みを川の方へ投げ落とせば反動で自分は橋の上へ戻れるかもしれない。しかし、今、共に落ちようとしている背中の人物に心当りがないわけではない。少女を犠牲に自分だけ助かるような真似はできない。たとえそれが彼女自身の行動によって引き起こされた結果だとしてもだ。
  川までは少し高さがあるが水深は深く、落ちたところで死ぬことはないだろう。仕方なく首に回る手をはがしながら、勢いに従って川に向かって体を乗り出し、橋に残った片足を軸に体を回転させながら勢い良く少女を橋の上へと投げた。
「エン!?」
背中を打つ衝撃。次の瞬間に渦巻くように体に絡みつく冷気が容赦なくエンを襲った。なんとか岸まで泳ぎ着いたはいいものの結局熱を出し寝込む羽目になった。

確かに、元はといえばこの少女の突飛な行動のせいではあるが、そんなマジな顔をされても困る。
「…。別に、大丈夫だから」
「そうそう、マナに飛びつかれたくらいで踏ん張れない、もやしっ子うさちゃんが悪いんだって」
「頼むからお前は少し黙ってくれ」
途端にぶーぶー文句を良い始めるコウキに頭痛が酷くなる。あぁ、大丈夫だとも、煩いこいつらがいなくなって静かに寝かせてくれれば。その願いが通じたのかは分からないがふいに扉があいてミハルが姿を現す。
「あぁ、ここにいたんですかコウキ。仕事ですよ」
「えーさっき戻ってきたばっかりなのに?」
「文句は上に言ってください。ヤスハも一緒に来てくださいね」
ミハルは一度マナに目を向けたが何も言わずにコウキとヤスハを外へと追いだす。お大事に、と残して三人が去って行くと静かな空間とマナが取り残される。
「えっと、薬、飲んだ?」
「あぁ」
「ごはんとか食べてる?」
「あんまり食欲がわかないから軽くだけどな」
「そっか、喉とか痛いところ、ない?」
「喉は平気だな。頭痛と怠さはまだあるけど」
「そう…」
それっきり黙りこむマナの普段とは異なる様子に落ち着かなくなる。
「じゃあ、マナももう行くね」
なんと返事をしたのかよく覚えていない。静かに出て行く後ろ姿に声をかけようとしてどう声をかければいいのかわからずぼんやりと見送る。正直に言えば意外だ。彼女の性格を考えれば「マナが全力で看病しちゃうんだから、早く直してね★」とか言い出しそうな位なのに静かすぎる。望んでいたはずの静寂に何故か物足りなさを覚えていることに戸惑う。「あれ、うさちゃん、寂しいの?」コウキの嗤い声が聞こえた気がして頭を振りかぶり布団をかけ直す。寝よう。寝て起きれば、体の怠さも、熱も、この落ち着かなさもきっと治っているだろう。
  部屋を出て、扉をそっと閉めるとズルズルとその場にしゃがみこんでしまった。大丈夫、そう言ってはいたけれど、コウキのあんなにも大振りで大雑把な攻撃をまともに喰らう辺り体調はまだ芳しくないのだろう。熱も未だあるのだろう、いつもより赤みを含んだ顔色や時折つらそうに眉根を寄せる仕草が不意に思い出される。エンのことが好きだ。彼の事になると本当に周りが見えなくなる位、大好きだ。朝、おはようと挨拶をされるだけでいい一日になりそうだと思うほど幸せになる。大勢の人がいる中でふと目が合えばそれだけで嬉しくなって大げさな身振り手振りを返して苦笑されることもしばしばだ。後ろ姿を見つければついその広い背中に飛びつきたくなる。
  いつもと同じはずだったのだ。いつだってさり気なく避けられるか、危ないだろって文句を言いつつも許してくれる、受け止めてくれる。それに甘えていつものように飛びついた。その結果がどうだ。エンは今、風邪をひいて寝込んでいる。こんなにも迷惑をかけるなんて思っても見なかった。
  息苦しくて大きく息を吸えば小刻みに体が揺れた。視界の中で床の模様が不鮮明に揺れる。どうしよう、泣きそうだ。涙が零れないよう必死に瞬きを繰り返す。短く吸った息が喉を鳴らす。
  ごめんなさいもありがとうも、いろいろ伝えたいことが有ったはずなのに、いざエンを前にしたら殆ど何も言えなかった。折角ふたりきりだったのに、いつもなら一方的にずっと喋り続けていたはずだ。それなに、どうしてだろう。いつもどうやって話していた?
「わかんない。わかんないよ…」
どうしたらいいの。途方に暮れて立てた膝に顔を埋めた。

ふと目を覚ます。窓から入る日が朱く染まり始めており、あれから半日くらい眠っていたことを示している。よく寝た。熱はだいぶ下がったのだろう。怠さがももう無く、治った気がしてくる。半身を起こそうとして額から落ちた白いタオルと傍らの少女にようやく気付いた。
「マナ?」
ベッドに寄りかかって眠っているのは確かに部屋を出て行ったはずの少女だ。テーブルに置かれた水の張った洗面器やタオルはマナがずっと看病してくれていたのだと言外に伝えてくる。
「…めん…さい」
むにゃむにゃと呟きながら泣いている彼女を起こさないよう、そっと涙を拭うと小さく瞼が震える。思わず手を止めるが遅かったらしい。目はゆっくりと開かれ、焦点を結び
「!わわ、ごめん、マナ寝てた?!」
飛び起きるのに合わせて二つの尻尾が軽やかに揺れる。あぁ、普段通りのマナだ。
「…看ててくれたのか?ありがとな。もうだいぶ回復したっぽい」
途端に顔を真っ赤に染めて俯くマナに首を傾げる。まさか、風邪が移ってしまったのだろうか。思わずマナの額に手をやる。熱はなさそうだが、マナの顔は益々赤みを増していく。
「マナ?」
「…」
何も言わず、微動だにしないマナに不安になってくる。どこか痛いのだろうか?
「大丈夫か?顔が赤いけど、風邪移したか?何処か痛いとか…」
顔を覗きこむと灰色の瞳が揺れた。いつも逃げてばかりだったからかこんなにも近くで、まじまじと彼女の目を見るのは初めてだ。先ほど泣いていたからか、目元は赤く、長い睫に付いた小さな水玉がキラキラと光りを反射させる。潤んだ瞳が揺れる度に、何故か鼓動が早くなる。
「エン…」
自然と小さく名前を呟く口元に目が向く。ふっくらとした唇が僅かに開き、また名前を紡いだ。
「エン、あのね…「おっと、お邪魔だった?」
「「…」」
いつの間にか扉の前に立つ男を二人で見上げる。赤い髪に金の瞳。制服が示すのは情報版の1A、つまりゼーランディア=カウス。情報版のトップノこの男が何故ここにいるのだろうか。
「ごめんね。ちょっとツバキちゃんに追われてて匿ってもらおうかなって思ったんだけど…止めとくね」
後はごゆっくり、と出て行くその背を見送って、顔を見合わせ、その近さに慌てて飛び退く。
「その、悪い」
「べ、別に!えっと、その、ごめん、マナもう行くね!」
脱兎の如く飛び出すマナにぶつかられたのか、はたまたツバキに見つかったのか、ゼルの短い叫び声が聞こえる。勢い良くベッドに倒れ込み、手元にあったタオルで顔を隠す。ひんやりとした感触が心地いい。ふと、閉じた目の裏に涙に濡れた長い睫や潤んだ瞳が描かれる。
                    エン…
小さな唇から紡がれた声が脳裏に再生される。
「っ!!」
まずい。この熱は当分下がらないかもしれない。



ラブコメってどう書くのか教えて下さい^q^
あと、エンもたまにはドキドキすればいいんじゃないかな!って思いながら書いたんですが誰ですかねこのこたち。久樹さんすいません。後はご本家でぜひともラブコメってください。楽しみに待ってます←